19.こーと  寒い。寒すぎる。なんだ、この寒さ。暑くもなく、温かくもなく、涼しく もない。体中が震え上がる。手が冷え切っていうことをきかなくなる。その 場にしゃがみこんでちぢこまりたくなるほどの寒さ。もう、好きじゃないな、 この冬の寒さ。  だけどね、寒いのは好きじゃないけどね、寒いおかげでできることってあ るのよ。例えばね、そうね、彼ね。  わたしは彼の手をぎゅっと握る。 「寒いよお……」 「ん……だよなー。今日、一段と冷えるよなあ」  彼のコートのすそをひっぱる。そう、わたしの作戦。彼のコートを着させ てもらう。ほら、彼が……あ、あれ? 脱がない。ま、まあそれもそうね。 こんなに寒いんだもの、脱がないわよね。着せないで自分で着るわよねえ。 わたしははあ、と息を吐く。白い息が空へ消える。 「寒いよなあ、今日」 「うん」  彼はキョロキョロとあたりを見渡す。本屋が近くにあった。彼は本屋を指 さし、あそこで温まろうかと提案してきた。この寒さで外にいるのは苦痛だ。 わたしはその意見に賛成した。  彼はわたしの肩に手をまわし、抱きよせる。「もう少しの辛抱だから」と 優しく声をかけてくれる。ああ、温かいな。わたしは思った。  本屋に入ると暖房がきいていた。とても温かい。鼻がムズムズしてくる。 鼻をすする。彼がティッシュを渡してくれる。わたしが礼を言うと彼は奥へ と走っていった。優しい心遣いにうっとりする。店の隅で鼻をかみ、ごみを ゴミ箱へ捨てる。  その後、彼の姿を探す。雑誌を見ている。なんの雑誌を見ているのかな? と思って彼の隣りに行ってみる。見ちゃいけない内容だといけないので俯き ながら彼の袖を引っ張ってみる。彼は雑誌を閉じて「CD見ようか」と言っ た。わたしはうなずき、本屋の中にあるCD販売ゾーンに行く。  たくさんのCDケースが並んでいる。本屋の中に小さくあるゾーンなので 種類は豊富ではない。彼は邦楽の方に行き、自分の好きな歌手の頭文字を探 す。わたしはその様子を側で見つめる。  「あった」と彼はニッコリと微笑みながらわたしを見る。これこれと指さ す先を見てみる。わたしも知っている歌手の人のCDだ。彼がこの人の歌が 好きだと言っていたのをわたしは思い出した。 「ねー、この人の歌いいよなあ。ノリいいし、歌詞いいし。あ、俺のおすす めはねーこれかな」  CDを一つ取り出す。CDケースが蛍光灯の光によってキラリと光る。歌 手の人が椅子に座っている。裏返し、どんな曲が入っているか確かめる。歌 のことについては疎いので一体なんの歌の題名かわからなかった。  わたしは曲名を指さし、彼にうたってみてと頼む。え、と彼は声をだし、 照れながら「えーやだー」なんて言いつつも嬉しそうにうたいはじめた。あ あ、この歌ね。わたしは彼の歌にあわせて身体を揺らす。 「本当、あなたって歌、上手ね。すごく通りのいい声してる。声の高さもち ょうどいい低さで落ち着くし……」 「そう? へへ」  彼が嬉しそうに笑う。 「あ、君の好きな歌手は?」  いない。とはさすがに答えられないので歌手というより楽しい歌なら好き だよ、と濁して答える。 「じゃあ、おすすめのCD教えてよ」  彼が好きそうなCD、あったかな……。わたしは彼のコートのポケットに 手を突っ込み、寒いねと言ってみる。  彼は暖房あんまり効いてないよなあ、と気をつかってくれた。  ごめんね、音楽の話はあんまりできないの。  切ない系はいいのはいいけど、潜在意識にすりこまれるのは嫌だから聞かないことにしてます。 だから楽しいとか嬉しいとか幸せだとかありがとうだとか。そういう明るめな歌ばかりきいてます。