04:知らず綻ぶ口元  知らず綻ぶ口元。彼女はニコニコとしている。何か、楽しいことを考えて いるのか。楽しいことがあったのか。楽しいことがあるのか。それはわから ない。だけど、相変わらず彼女は笑顔だ。自覚はあるのだろうか。  彼女は楽しげに友達に話しかける。だよねえ、と嬉しげな声。友達の腕を ぽんぽんとたたき、大好きだよと言う。そしたら友達はひく。彼女は慌てて 友達としてだよ、友達としてと言う。このやりとりを何度見たか。  これは俺の推測だが、彼女はああやって友達に大好きだというのが好きな んだと思う。彼女はよく友達に抱きついたり、腕にしがみついたりと色々ア クションをしかけながら「大好き」って言っている。俺はそれをよく目撃し た。……いや、見ていたからそれを見ることができた。  いつも唐突にいつも同じように大好きという彼女。その彼女の笑顔はとて もかわいらしい。あの笑顔が好きだ。  もし、彼女が俺に抱きつき、あの笑顔で大好きと言ったなら。俺はどんな 顔をしてどう答えるのだろう。恥ずかしくて顔をそらしてしまうのか。それ とも笑顔で俺もと答えるのか。それとも俺は愛していると答えるのか。愛し てるだと重すぎるか? じゃあ、好きか? 大好きか? ああ、恥ずかしい。 一人照れる俺がここにいる。  彼女がニコニコした顔で俺の席にやってくる。机に腕をのせ、俺を見あげ る。キラキラ光る目。俺はその目を見つめる。彼女は俺を見つめる。トクン と胸が鳴る。な、何か言わないと。俺は慌ててくちを開く。 「あの、好きなん?」 「なにが?」 「大好きっていうの、友達に」  キョトンとした顔の彼女。見てたの?  と小首をかしげて俺にたずねる。 ああ、ミスった。言ってしまった。今ので「俺は友達と楽しそうに大好きと 言っているあなたを見ていました」というのを伝えてしまったことになった。 俺はあの、その、など口の中でもごもご言う。彼女はもう一度小首をかしげ ると嬉しそうに笑う。 「そっかあ、見てたんだ。ふうん。好きだよ、大好きって言うの」  なんだろう、今のふうんって。ふうんってどういう意味のふうんなんだろ。 俺の心拍数が上がる。ドキドキドキ。どうしよう。なんて言おう。なんて思 われてるんだろう。今の俺、どんなかんじなんだろ。ああ、どうしようどう しよう。 「どうしたの?」 「いや、別に。好きなン。へえ」 「うん。好き。あなたも」 「へ?」  まぬけが声が出る。なんだ、今のセリフ。聞き間違いか。聞き間違いなの か。聞き間違いだったら俺はどんな自惚れだ。好き、あなたもだなんて、聞 き間違えたなんて、誰にもいえない。なんだか顔が熱くなってくる。 「ふふん。わたし、みんな大好きなの。人が好きなの」  聞き間違えじゃない? 彼女の言葉からそれがくみとれた気がする。彼女 は席に戻る。  じゃあ、あの言葉はほんとう? どういう意味で好き? 友達? 人? 恋愛感情? いったいどれなんだろう。  好き、あなたも。その言葉を言ったときの彼女の表情。彼女の唇、くちの 動き。それを考えると知らず綻ぶ口元。 むりやりですか、そうですか。