05:ただ視線が合うだけで  ただ視線が合うだけでドキリと胸がなる。そのドキリと拍打つ心臓の痛み がどれほどここちよいものか。どれだけの快感か。この胸を握られたような 痛み。とてつもなく気持ちがいい。気分が高まる。なんだか幸せな気持ちに なる。  これが、恋か。恋の魔力か。  ただ彼女と目があうだけで落ち着く。彼女が俺の目を見てニコリと微笑む。 その瞬間、二人だけの世界になったかのような錯覚に陥る。彼女が俺だけを 見て俺だけに微笑む。俺のものになったような気分。気持ちがいい。  俺は人と目を合わせて話すタイプの人間だから、こういうのは慣れッこだ。 親から人と話すときは目を見て話しなさいと言われてきたし、自分も目を見 て話すのが礼儀だと思っている。だから、いつも人の目を見て話している。  だがな、見てないやつが多い。どこを見ているのかわからない。そりゃ、 目をじっと見つめられていたら怖いし疲れると思う。でも、チラリぐらいで もいいから相手の目を見てもいいと思う。どうだろうか。  彼女は見つめる。俺を。ニコリと優しい笑顔で。じっと。もちろん、ずー っと見つめるのはキツイだろうし、俺だっていやだ。彼女はちょうどよい長 さ、見つめるのだ。  話の終わりにお互い、じっと見つめ合う。うん、うんとうなづきあい微笑 みあう。本当は話がおわり、言うことが思いつかないからお互いそうやって 目を見て笑っているだけ。だけなのだが、なんだかドキリとする。 「君の黒い瞳はブラックホールだ」  友人の言葉を借りて俺が考えた──友人の言葉を借りている時点で俺が考 えたことにはならないが、まあ、俺のオリジナルということにしている── ロマンチックな口説き言葉。どこがロマンチックなのか、どこが口説き言葉 なのか。俺にはさっぱりわからない。だが、彼女に「ロマンチックな言葉で 口説いて。わたしの胸がキュンとくるように!」と言われたので言った。色 々事情があり、言わざるをえなくなったのだ。  この言葉を言うと彼女は少し考え、ぱっと顔を明るくする。胸に両手をあ て、目をクリッとさせ、キラキラとした目で見つめる。 「あ……い、今のキュンってきたかも。きゃあ、よかったよー!」  ちょっと頬が赤くなっていて、そのしぐさあわせてかわいかった。しかし、 恥ずかしかった。そういうロマンチックなことは思いつかないから友人に頼 ったが……さすがだな、あいつ。  もう一人の友人も彼女の犠牲にあっていた。花をテーマになんども口説き 言葉を言ったがさんざん散っていった。最後の最後に俺と同じように少し考 えてから胸にキュンときたとか言われてた。なんていったんだっけ。君はな んとかの一本の花だよ、だったか? おぼえてない。どこがロマンチックな のだろう。どこにどうやって口説かれるんだ、この言葉。乙女心のわからな い俺は考えても答えがでなかった。  今日もまた、チロリと彼女を見る。彼女の後ろ姿。姿勢がけっこういい。 椅子の座り方。浅く座っている。椅子のほとんどに座っていない。だから、 姿勢がいいのか。どうなのか。わからない。  コロン。彼女のシャーペンが落ちる。よく落ちるシャーペンだ。落とすの を、いや落ちていくのをよく見る。あのシャーペンは形が悪いのだろう。ど こに置いてもコロコロ転がっていく。クローバーの絵が描かれたシャーペン が俺の班に転がる。俺の席の近くまで来れば俺が拾って渡すのに。どうして ここまで来ないかな。そう思って俺の班までシャーペンを拾いにくる彼女を 見つめる。  こっち、見るかな。淡い期待を持って見つめていたが、見てくれなかった。 ちぇ。なんだか複雑。俺ははあ、とためいきをついてシャーペンをくるくる 指でまわした。  なんだろな。最近見つめてばかりいる。目があえばドキリと胸が高まり、 うれしく思う。だけど、あわないと悲しくなる。彼女に振り回されまくり。 いいのか、俺。こんなんで。  はあ。とためいきをつく。彼女が来る。 「ねえ、ためいきばかりついているね。どうしたの?」  その言葉が胸につきささる。ためいきばかりついているね、どうしたの。 ためいきばかりって、俺はまだ二回しかしてない。しかもさっき。というこ とは彼女は俺を見ていたのか、きいていたのか。そう思うとなんだか胸の中 がざわざわと騒ぎ出した。 「んー。見ても見てくれんから」  恋だからか。君が好きだからか。 「誰が?」 「君が」  君が見てくれないから。俺はためいきをつくんだよ。  あ。俺の気持ち、もしかして今のでばれた? 君を見ても君は見てくれな い。そんな思いがばれてしまった? ああ、どうしよう。恥ずかしい。俺の 顔が熱くなっていくのが感じられた。俺は彼女を見る。彼女はキョトンとし た顔で、赤くなっていた。お互い、目をあわせる。ニコリと微笑むのは恥ず かしいから。それが分かる。ただ視線が合うだけで。  見つめてください。じーーっと胸を握りしめられたようなドキドキ感があじわえるはずです。 相手も見つめなくちゃダメですがね(思いこみでも十分OKですがね!(相手が見つめていると)