17:「2本いっちゃいますか?」  夜中。オラン島の浜辺。焚き火をおこし、火にあたる。パチパチと音を立て、燃える たきぎ。火は閃き、辺りを照らす。熱斗と炎山はその火をじっと見つめる。空は黒いイ ンクをこぼしたかのように、真っ黒だ。そしてその上には数え切れないほどのたくさん の星が光っている。街では見ることのできない夜空。本当にキレイだ。 「さあて、やりますか」  熱斗はそう言うと鞄の中をあさる。そして袋を取り出す。炎山はバケツを持ち、立つ。 浜辺から離れ、橋の下に行く。河口の方に行き、バケツを沈める。水が海へと落ちる音 が涼しげに聞こえる。水しぶきが激しい。バケツを引き上げ、少し水を戻す。水が冷た い。水面を見ると夜空の星々が光っているのが分かる。  浜辺に戻る。炎山の姿を見ると熱斗は大きく手を振った。炎山は焚き火の側まで行き、 バケツをおく。バケツの水が揺れる。 「用意OK!」  熱斗は袋から花火を取り出す。一本を炎山に渡す。炎山は花火を握り、見つめる。花 火をしたのは一体、いつだっただろうか。一生懸命記憶を呼び起こす。かすかに浮かぶ、 真夜中に光る花火の火。父の笑顔と母の微笑み。自分の手と足と花火。それはぼやけて いて、果たして本当に自分の過去のことなのか。よくわからない記憶だった。  熱斗は花火の先を焚き火に入れる。花火の先端に火がつき、燃える。熱斗は焚き火か ら花火を抜き、海の方を向く。パッと花火が燃焼する。白い火花が後を残しながら飛び 散る。勢いよく音をたてながら光る。煙が熱斗の方にのぼる。熱斗は顔をそらし、ゲホ ゲホと咳き込む。炎山はその様子を見て笑った。熱斗は炎山の方を振り返り、ニヤリと 笑う。  炎山も花火を火に入れ、海に向ける。音をたて、煙をだし、燃え上がる花火。光の線 がとんでいく。赤い色の花火。花火をぐるりと回せば、火花の動きもぐるりと回る。縦 に振れば火花の落ちる高さが変わり、横に振れば、左右に広がる。 「うわあ」  炎山は声を漏らす。目が潤み、花火の光りでよけいにキラキラ輝く炎山の目。口角が 大きくあがり、ものすごく楽しげ。そんな炎山の姿を見ると熱斗は幸せな気持ちになる。 花火一つで感動感激。こんな些細なことなのに、こんなにも喜んでくれるなんて。本当 にかわいいやつ。花火が切れた熱斗はバケツに花火を入れ、炎山に近寄る。炎山の頭を 撫でる。炎山は熱斗の方を向き、ニコリと笑う。炎山の花火も切れる。 「他にも、花火、種類、あるんだぜ」  そう言って熱斗は線香花火を見せる。だけど、これは一番最後にしような。そう言っ てしまう。先ほどと同じ種類の色違いを炎山に渡す。炎山はさっそく火をつけ、また花 火を楽しむ。花火を振り回す。キャッキャ騒ぐ。天真爛漫に遊んでいる。まったく。本 当に微笑ましい。こんなにかわいらしい子供なのに。どうして親はかまってあげないん だろう。熱斗は悲しくなった。 「2本いっちゃいますか?」  熱斗は花火二本に火をつけ、海に向ける。さっきのよりも二倍の音、二倍の煙、二倍 の光、二倍の華やかさ、二倍の楽しさ。キラキラと火花が散る。振り回す。それを見た 炎山は三本取り出し、火につける。光りが強い。なんとなくもう一本近づける。さらに 激しさを増す花火。目を輝かせていた炎山だが、少しずつ眉が下がる。四本の紙の筒。 そのよっつの火薬に引火し、燃え上がる花火。激しい音に激しい煙。激しい光に恐怖。 なんだか怖くなった。炎山は熱斗を見る。熱斗は慌てて炎山に近寄り、やけどしないよ う気をつけながら花火を取る。そしてバケツの中に捨てる。 「ばかだなあ。知ってる? 8本の花火にいっぺんに火をつけて死んだ人がいるんだぞ?」  炎山は俯き、しょぼんと落ち込む。いつもは冷静な炎山。だけど、楽しんでいるうち に我を忘れて日頃の炎山では思いつかないような行動をしてしまう。まったく。本当に 子供。どこが大人っぽいんだ。そう思ってしまう。だけど、よかった。けががなくて。 熱斗は炎山の頭を撫で大丈夫と声をかける。炎山はゆっくり顔をあげ、熱斗の顔を見つ める。はにかみながら笑う。 「さ、この二本がこの種類では最後の花火。ほら、一本ずつ」  そう言って花火を炎山に渡す。お互い火をつけ、花火を楽しむ。様々な種類の花火を 楽しみとうとう最後の花火にやってきた。最後のお楽しみ、線香花火。熱斗は炎山に一 本わたし、炎山の隣りにしゃがむ。腕をのばし、線香花火の先端を焚き火に入れ、火が ついたのを確認するとすぐに手をひっこめる。パチ。パチパチ。今までの花火とは違い、 静かな音。そして、繊細な花火。パチリパチリと小さく火花を出す。炎山は花火をのぞ きこむ。目がキラキラしている。 「あ」  二人声をあげる。花火の先が落ち、静かになる。お互いに落ちた花火を見つめ、顔を 見合わす。炎山も線香花火に火をつけ、花火を見つめる。  どうして線香花火はこんなにもはかないのだろう。  熱斗は炎山を見つめる。じっと線香花火の火を見つめる炎山。どうしてこいつはこん なにさびしそうなんだろう。どうしてこいつはこんなに子供らしさがあるのに、いつも は大人みたいなんだろう。  炎山の線香花火も落ちる。炎山は砂を見つめる。沈黙の時間。聞こえるのは。パチパ チと燃えるたきぎと波打つ海の音。ああ。こんなに夜は静かなのか。こんなに夜は暗い のか。海を見つめる。波の音を聞き、目をつむる。目を開け、炎山を見る。炎山も海を 見ている。どこか、悲しげな目で。  そんな悲しい顔をしないでくれ。熱斗は炎山の頭を抱き寄せ、抱きしめた。 「花火、はかないな」  熱斗の胸の中でつぶやく炎山。熱斗は胸が痛かった。 花火かあ。よくわからんね、あいつは。確かにキレイだけど。なんかね。 よくわからない。線香花火も、よくわからない。花火ってなんだろ。