04:空路  ごおおおと風が吹く。風で草が揺れる。そして穏やかな風が草の表面を撫 でる。さらさらと心地よい音を奏で、真っ暗闇の中でささやく。月明かりに 照らされ、草が淡く光る。ああ。キレイだ。これがわたしのふるさと。キレ イだな。  目をつむり、耳をすます。冷たい風が顔一杯に当たる。風の高い声が聞こ える。草のささやき声が聞こえる。草の手招きが真っ暗闇の中、見える。目 を開き、友を見る。笑顔でわたしに手をさしのべる。わたしは手を掴み、丘 を上る。  しばらく歩き、丘を下る。下る途中でだんだんと見えてくる。大きなくぼ み。そしてそこにたまった今日の雨。池になっている。これが、噂の池。空 路を作り出す、池。遠くて暗くてあまりよく見えない。だけど。草の照らさ れた部分の動きと月明かりを反射する池の面の動きでだいたい分かる。そう、 あそこにあるのだ。空路が。  友とその場へ向かう。なんだか夢の中を散歩しているような気持ちだ。友 とこうしてこんな不思議な現象を見るのだから。こんなに、空気が澄んで、 冷たく、キレイな夜を友と歩いているのだから。  ああ。わたしはふるさとが大好きだ。いや、大好きになった。愛すべきふ るさと。ふるさとが誇り高く思える。そんなふるさとをわたしは明日、旅立 つ。  このまま……ふるさとに居たい。そう思った。もう、外の世界なんてどう でもいい。ふるさとがこんなにキレイなのに、こんなにステキな場所なのに。 こんなに、こんなに。こんなに愛おしく思えるわたしの故郷なのに。  友を見る。友は優しく微笑んでくれる。友にくっつく。温かい。 「ほら、すぐそこ。ちょこっと走ろうか」  そう行って友はゆっくり走る。わたしも友の後を追って走る。ごおおおお とまた強い風が吹く。髪が逆立つ。髪を整える。 「ほら、見て。ついたよ」  友にそう言われ、顔をあげる。目の前に広がる、大きな水面。風が吹き、 波が揺れる。草が池のまわりを囲み、カサカサとはなしている。大きな池の 水面には大きな満月が形を歪ませて映っている。池が光っている。月明かり に照らされて。 「キレイだ。でも、空路、出てないね」  友はその場にしゃがみこむ。刹那、風がごおおおおと吹く。彼はバランス を崩し、手を地べたにつける。顔をあげ、空を見あげる。わたしは風の吹く 方を見つめる。  ぴたりと。風が止まる。草が黙り込む。友を見る。驚いた顔をしている。 わたしは辺りを見渡す。草が、動かない。何も、音がしない。風が吹いてい ないからか。  わたしはハッとし、池を見る。風が吹いていないため、波ができていない。 そのため、池の映った満月は形を歪ませていない。  わたしはくちをポカンと開ける。そして水面に見入る。  ああ、これが。これが空路か。わたしはうっとりする。満月の映った水面。 その満月の部分から空の満月まで繋がるキラキラと柔らかな光の筒。何色と 呼べばいいのだろうか。黄色? いや違う。白? いや、違う。これは光の 色だ。わたしの知っている色では表現できない、光の色。  ああ、この光の中へ入れば、あの満月にまで行くことができるのだろうか。  友と顔を見合わす。驚いた顔をしている。そんな顔を見て、お互いに笑う。 見てしまった。空路を。この目で。旅に出る前に。  ああ、こんな出来事がおこる町がこの町以外にあるだろうか。そう思った 瞬間、また強い風が吹く。静かだった世界を壊していく。今までの中で一番 強い風。草たちがガヤガヤガサガサ騒がしくうめいている。風が何かを呼び かけるかのように強く、強く吹いている。  満月が。満月が歪む。空路は一瞬にして消えてしまった。風がやみ、いつ もどおりの冷たい風が穏やかに吹く。鼻を手で覆う。冷たい。冷やしてしま った。  友が起きあがり、わたしと肩を並べて波立つ池を見つめる。 「なあ、周遊。この町、好き?」 「もちろん。好きだよ」  ずっとここに居たいな。そう思った。 「この町のここで、俺とこの景色を見たことを忘れないでほしい」  わたしは友の顔を見あげる。 「ここに、居たいな」  そう言うと彼はわたしの両肩を掴み、目を見つめてきた。わたしはドキリ とした。少し怖かった。 「旅、するんだろう。甘えていたら、どんどん行けなくなるぞ。俺が周遊に このことを言った理由、わからないのか」  わたしは目をそらしたかった。だけど、友の真っ直ぐな目をそらすことは できないことだった。わたしはくちをパクパクさせる。言葉が出ない。言葉 が思いつかない。 「こんなステキな景色を他の町で探して欲しいからだ。こんな景色が、この 世界にたくさんあるんだってことを気づいて欲しかったんだ」  あたしは目を見開く。友がそんなことを考えていたなんて。 「なあ。この町の外の世界を俺に伝えてくれよ。この町の人はこの町に満足 しすぎなんだ。それで出られないんだ。今の周遊もそうなっている」  友のわたしの肩を掴む手のチカラが弱くなる。 「俺だって、外に出たいけど、でもやっぱりここに居たい。甘えている、そ れは分かるんだ。でも、できない。だけど、周遊は行くって決心したじゃな いか。この町の外を見たいって、言ったじゃないか」  ああ、お別れが。お別れが近づいている。 「な。世界の美しい景色を見てきてくれ。そしてそれを俺に教えてくれ。俺 に外の世界を見せてくれ」  わたしは友の頭を撫で、抱きしめる。友もギュッとわたしを抱きしめる。 ああ、大好きな友達がそんな風に考えていたなんて。知らなかった。わたし はわたしのためにも、そして友のためにを旅をしよう。  外の世界を見ないと。 「ありがとう、友」  友の耳元でささやく。  お互いからだを離し、微笑みあう。そしておきまりの動きをする。 「感謝感激感動」  友の目を見ると潤んで光っていた。そしてわたしは双眸が熱く、痛かった。  好きだなあ。ああ、好きだよ。こんな景色が好きだよ。 だからこんな景色が今後山のように出てきそうな気がする。 もっと色々キレイな景色を見ないとな……。外の世界、ね。 あ、空路は空に続く道という意味だそうです。