05:空曇  わたしはふるさとを去った。そして今、ふるさとの外に居る。だいぶ歩い た。そろそろ町が見えてくるのではないだろうか。ふるさとの外の道は、ふ るさと同じく草ばかりだった。ふるさとはちゃんと外の世界と繋がっていた のだ。なんだか不思議な感覚がした。  ここまで来る途中、川を見た。ふるさとを流れる川だ。ふるさとの川はき ちんと外の世界と繋がっていた。きっと外の世界では当たり前のことなのだ ろう。だけどこのことはわたしにとって新事実であり、驚くべきことであり、 感動的なことでもある。  向こうに見える山。今日は空が曇っていてあまりよく見えないが、ふるさ との図書館の屋上で見たときよりも、大きくなっている。あの山にわたしは 近づいている。これもまた、不思議な気持ちにさせる。外の世界はこんなに も感動的なものとは。もっと早く出ていればよかったかもしれない。そう思 った。  またしばらく歩いていると遠くの方で草むらの中に座っている人が見えた。 ここに来るまでではじめての人。わたしは走った。草をチカラ強く踏みつぶ して走る。草がギュッギュッと音をたててつぶれただろうが、わたしは自分 の走る音と風と揺れる音しかきこえなかった。  その人の近くまで行き、呼吸をただしながらゆっくりと歩いて近づく。三 つ編みの二つ結びをした茶色の髪。赤い細いリボンで結っている。柔らかな 赤色の服。そっと近づき、後ろから声をかけようと思った。だけど、それだ と驚かしてしまいそうなのでゆっくり前の方に行き、しゃがんだ。そして声 をかける。女の子は顔をあげてわたしを見た。どなたでしょうかと小首をか しげる。茶色のクリッとした目。赤い唇に赤い頬。白い肌。かわいいと思っ た。 「わたしは周遊です。こんにちは」  女の子はニッコリ微笑み、挨拶を返してくれた。名前は花だそうだ。わた しはここで何をしているのか聞く。花は小首をかしげ、わたしの目をのぞく。 またニッコリ笑って白い歯をチラリと見せる。 「お花をつんでいるの。白い、小さなのを、ね」  そう言って花は籐で編まれた籠を両手で持ち、わたしに渡す。わたしはそ れを受け取り、中身を見た。小さな白い花が10本ぐらい入っていた。籠の 中を見るとあまりにもさびしかった。わたしは辺りを見渡す。草しか見えな い。本当にここらあたりの草原のような場所で、こんな小さく目立たない白 い花なんて咲いているのだろうか。咲いていたとしても見つけることができ るのだろうか。わたしは花を見る。 「珍しいの。すっごく。やっと13本目が見つかったの。ほら、見て」  そう言って花は手に持っていた一輪の花をわたしに見せる。風が吹き、揺 れる。わたしはその花を受け取り、籠に入れる。少しは見栄えがよくなった。 花はわたしの手を取り、ニッコリ微笑む。ついてきてと言ってわたしを引っ 張る。わたしはそのまま花に引っ張られながら歩く。  しばらく歩いていると町が見えてきた。やっぱり外の世界にもわたしのふ るさと同じ町があるのだ。初めて見るふるさと以外の町。胸が弾む。いった い、どんな町なのだろうか。ふるさとと同じなのか、全然違うのか。ああ、 楽しみだ。  町の中へ入る。花が咲いている。たくさん。わたしのふるさとはこんなに たくさんの花は咲いていなかった。この町は花が育ちやすい土地なのだろう か。花が進む道をわたしは追う。道幅の広い道。整備されていて道の上には 草など生えていない。わたしのふるさとと違う。  角を曲がると花は一件の家を指さした。赤いレンガの屋根。そして煙突。 絵本に出てくるようなかわいい小さな家だ。赤いポストがたって、白い柵が 家を取り囲んでいる。大きな木が生えていて、そして花壇もある。花壇には 色とりどりの花が咲いている。  おしゃれな町だ。キレイな町だ。わたしのふるさとは草がはえっぱなしの ような町だ。何が違うのだろうか。 「あの木ね、オレンジの木なの。オレンジ色のまん丸いこんなに小さい実を つけるの」  花は親指と人差し指でわっかを作る。半径1cmぐらいか。甘くて酸っぱ くてジャムにしても美味しいしケーキやパイに使っても美味しいのよ、と花 は目を輝かせながら教えてくれる。美味しそうだなと思った。食べてみたい なと花に言う。花は一瞬、眉をひそめた。胸がドキリとした。 「ご、ごめんなさい。その、今日は曇りだから。曇りの日は食べちゃいけな いの」  わたしは空を仰ぐ。曇り空。灰色の空だ。太陽が見えない。太陽の光が少 ない。ああ、太陽。顔を見せてください。そう思った。花をもう一度見る。 またあのかわいらしい笑顔に戻っていた。 「あがって。旅人さん、よね? わたしの家に泊まって」  わたしはそう言われ、そのかわいらしい家に引き込まれる。中に入ると外 観どおりの部屋だった。絵本の世界だろうか。こんな家は絵本の世界にしか ないと思っていたが。わたしは花に促され、近くの椅子に腰をおろした。  部屋の奥から花のご両親が出てきた。挨拶を交わす。ご両親は花と同じく 笑顔のステキな方だった。髪の色もご両親そろってキレイな茶色だ。 「周遊さん、残念ですわ、雨が降りそうですの」  花の母親が残念そうな顔をして言う。 「しばらくはここに泊まっていきなさい。遠慮はいらないよ」  花の父親がそう言って笑ってくれる。 「あ、紅茶入れるわ。とっておきのお茶、いれてあげるわ」  そう言って花は嬉しそうにキッチンへ走っていった。 草の町でしたからね、周遊のふるさとは。