06:空心  窓の外を見つめる。ポタポタと雨粒が空から地面に向かって落ちている。 その雨粒はこの家の花壇に降り注ぎ、花たちを潤す。外に出られない。外を 歩いている人はたまにいるが、外には出られない。周遊は草の町の人だから。 草の町の人は雨の日は外に出てはいけないのだ。太陽が見えないから。 「周遊さーん、お茶にしましょう」  ドアの向こうから花の声。周遊は返事をし、部屋を出る。リビングへ行き、 空いた席に座る。机の上には花の刺繍がほどこされた長方形の赤いランチョ マットが4枚敷かれている。端にはレースが縫われ、キレイだ。  花が食器棚からソーサーとティーカップを二つ取り出す。机の上に置き、 台所へ行く。鼻歌をうたいながらポットを持ってくる。白いポットにはピン クの花が描かれている。  花は机の中央にあるビンのフタを開け、手を入れる。何かを掴み、それを ティーカップの中に入れる。そしてティーカップに紅茶を注ぐ。片方を周遊 の前に置く。ニコリと花は微笑み、自分の分を自分の席におき、椅子に座る。  ティーカップとソーサーを見る。赤い花が描かれている。ティーカップの 中をのぞくと赤い花が入っている。本当に花づくしだな。周遊はそう思った。 「ふふ、おいしいわよ。キレイなオレンジ色でしょ。ほらほら、飲んでみて」  花に促され、周遊は紅茶を飲む。温かい。喉から腹へ流れる感覚がなんと なく分かる。体の芯から温まるよう。味もいい。こんなに美味しい紅茶があ るとは。周遊は目を輝かせて花を見た。 「この紅茶、なんですか? どうしてこんなに美味しいんですか?」  花はフフフと笑う。 「どこにでも売っている紅茶よ。そのオレンジ色が好きだからそれを使って いるだけ。この紅茶のことよくしらないわ」  花も紅茶を飲む。 「でもね、このおいしさは紅茶じゃなくてねさっき入れたこの花が出してい るのよ。……いや、違うか。この花がこの紅茶のおいしさを引き出している、 かな? よくわからないけどね、この花を入れるとすっごく美味しくなるの」  周遊は紅茶をのぞく。ティーカップの底に沈んだ赤い花。この花が美味し くしている。そうか。そんな花があるのか。周遊は大きく頷く。花の町は花 についての色々な知識を持った人が多いのだろうか。周遊は考えた。 「雨、やまないわね」  紅茶を飲む。紅茶のいい香り。これも花のせいなのだろうか。 「雨の日はね、こうやってのんびり過ごすのがいいわよねえ。紅茶飲むのが この町では普通なんだよ」  机の上を見ると花が昨日集めた小さな花が花瓶に飾られていた。13本し か集めていなかったが、今目の前にある花は何十本もある。前からずっと集 めているのだろうか。 「雨の日はね、そうね、うーん。恋人とか夫婦の人は礼拝堂に行って神様に お祈りとかしにいくのよ」  窓を見る。雨粒が滴っている。雨の音が静かに聞こえる。聞き慣れた雨の 音。だけど異郷の地のためかなんだかいつもとは違って聞こえる。 「でね、だからお祈りするの」 「あ、ごめんなさい。聞いてなかった。ごめんなさい」  もーっと花が頬を膨らます。 「空心で人の話は聞いちゃダメよ。ちゃんと集中して聞かなくちゃ。聞き上 手は最高の人間だよ?」  周遊は謝る。 「どこまで聞いてた?」  紅茶あたりかなあと周遊は答える。花は雨の日に礼拝堂に行く話をもう一 度する。  雨の日に礼拝堂に行くのは恋人や夫婦のみ。何故そういう関係の人しか雨 の日に礼拝堂に行かないのか。それは雨の日に今までの過ちなどを一緒に洗 い流し、そしてお互いの絆を深めるためだ。晴れの日は何も考えずに話した り、行動したりする。そのせいで相手を傷つけてしまうことがある。晴れて いるから傷ついた相手もまあいっかと思ってしまう。だが、相手と別れてか ら傷ついたことで深く悲しむことがある。晴れの日は色々な感情を麻痺させ てしまう。  だから雨の日に今までのことを振りかえるのだ。静か。聞こえるのは雨の 音。そこで無言で振りかえるのだ。晴れの日は騒がしくて心を落ち着かせる ことはできないが、雨ならできる。  そして反省し、謝る。あの時は悪かった。こうすればよかった。だから次 からはこうしよう。悪いことばかりでなく、あの時はこうですごく嬉しかっ たわという良いこともお互いに言い合う。  そういうことをしていってお互いの絆を深めるのだ。心を落ち着かせ、自 分の本当の気持ちを確認する。それが雨の日なのだ。だから恋人や夫婦達は 雨の日に礼拝堂に行くのだ。 「へえ。でも、みんな行けばいいのでは?」  周遊が聞く。花はそうかなと答える。 「みんなが言ったら騒がしくなるじゃない。ほら、恋人の居ない子供なんて 騒ぎまくるだけじゃない? 恋人だからこそ普通の人と比べてずっと大切に するんでしょ」  違うんじゃないかな。周遊は思った。 「雨の日はね、いいよね。晴れの日もいいけどわたしは雨の日が好きだわ。 こうやってのんびり静かに過ごせるからね。自分の気持ちがよくわかる日だ と思うわ」  花の町の人は晴れよりも雨が好きなのか。太陽よりも雨が好きなのか? 周遊は紅茶を飲む。それから先は上の空で花の話を聞いていたので何も覚え ていない。 「あ、また空心で聞いてたでしょ。聞き上手訓練、してあげよっか?」  周遊は苦く笑い、ごめんと謝る。 自分は曇りの日が好きですね。