08:空夢  家に帰ると、花が複雑な表情でベッドの上に座った。わたしは花の隣りに 腰かけ、じっとしていた。くちをへの字に結び、何かを見つめているような、 何も見つめていないような、そんな目で床を見ている。花を見る。花の茶色 の髪が部屋の電気によってキラリと光る。 「……ごめんなさい。なんだか、むちゃくちゃなことになってしまって」  先ほどのことを謝っているようだった。天気はこんなにいいのに、花の心 は曇天模様。なんとも皮肉な天気だ。わたしは晴れが大好きだが、この時ば かりは晴れを恨んだ。生まれてはじめて。そして、最後。 「あの子たちのいうとおり、わたしはうそつきなの。嘘をたくさんついてき たの。虐められて当然よね。周遊さんがわたしの家に泊まったことを自慢し たくて礼拝堂に連れていったんだけど、意味なかったわ。ごめんなさいね、 不快な思いをさせてしまって」  真っ白のキレイなきれいな礼拝堂。その周りに策色鮮やかな花々。礼拝堂 の先に向かって花弁を広げ、太陽にむかって背伸びをしていた。その前に立 つ、真っ赤で華やかな服を着た女子5人。その目のきついこと。あの場に合 ってなかった。 「……嘘、あなたにもいくらか言ったわ。ごめんなさい」 「そうなの。それは、残念」  花は黙りこくった。今の言葉がけっこう胸にきたようだ。なんとなく申し 訳ない気持ちになった。しばらく沈黙の時間になる。この部屋は雨の日のよ うだ。外はこんなに晴れているのに。時間がしっとりと流れていく。 「わたし、昔ね、夢をみたの」  花のその言葉で時間が元の早さで流れはじめる。何も聞こえなかった空間 に音という振動が生まれる。空気の震えに何か安心感をおぼえた。 「本当、昔の夢。何歳だったかな。10歳もいってなかったかな。夢でね、 すっごいキレイなドレスを着ていたの。真っ赤で毛並みのような手触りで、 ほどよい光沢を持った生地でできたドレス。それに真っ白く、細部までこだ わったレースがたくさんついているの。所々、黒いのもついていてね。ドレ スのすそやむなもとには大きくてキレイ、もう、華やかという言葉では足り ないほどのものすごく美しい花がついているの。そして、宝石のかけらがち りばめられていてキラキラと輝くの。頭にね、ぜーんぶ宝石でできていて、 今まで見たことないぐらいの高級なティアラをつけてね、耳たぶが伸びちゃ うんじゃないかなって思えるぐらい豪華なイヤリングつけてるの。シャンデ リアタイプっていうのかな? もう、とにかくすっごいの! すっごいドレ ス着ているの! もう、はじめてよ、あそこまで鮮明に覚えている夢わ!  手触りも色もその場の雰囲気も立っていた感じも、何もかもがハッキリと覚 えているの」  目をキラキラと輝かせて話す花。その目は本当に楽しそうで何かに憧れる うっとりした目だ。わたしはこういう目をした子が大好きだ。こっちまで楽 しくなる。わたしも花の言葉を頼りに、どんなドレスが想像してみる。ああ、 なんて美しいドレスなんだろう。花が着るドレスだろうから、きっと気品漂 うドレスだろう。宝石がたくさんでも、花がたくさんでも、全然嫌味に思え ない、自然なかんじなのだろう。 「おうちもね、どこの国なのって思えるぐらい大きくてキレイなお城なの。 そこで王子様と結婚して、おいしいお料理食べてるの。この町の郷土料理ね。 みんなが食べるようなものじゃなくて、上流階級みたいな人が食べる料理! これがまたおいしかったの。夢なのにね、本当にほっぺたが落ちるかと思う ほどおいしい味だったの! 不思議な夢よね。もちろんテーブルの真ん中に はわたしの大好きな花が華やかに豪華に飾られているの。それをうっとり眺 めながら、王子様達と談笑して食べてるの。もう、幸せすぎな夢よ」  キラキラと目を輝かせ、花はドアの上に視線をなげかける。うっとりとし た目はだんだんと元の輝きに戻っていく。上がり気味の口元も、だんだん下 がっていく。寂しそうに顔を下にむけ、ふふんと笑う。その声がむしょうに わたしの心に強く刺さる。 「こんなに、こんなに鮮明に覚えてるの。鮮明に感じているの。絶対正夢だ。 これがわたしの将来だ。そう、思い続けているの。……だけど、現実って厳 しいのね。これは空夢だったわ。現実には夢のようにはならなかったの。ね」  なんと返せばいいのだろう。わたしはくちをギュッとかみ、花の横顔を見 つめる。夢を追いかける思いを感じるけれど、またその夢が叶わないことに 挫けている感じもする。こんなにいい子なのに。花のことを何もしらないわ たしはそう思った。 「信じていれば夢は叶う。信じているのにね。叶わないのはなんでかな」  わたしに笑顔を見せる花。その顔はかなしげだ。そんな悲しい顔をした花 の顔をわたしは見たくなかった。わたしは花を抱きしめる。 「叶うよ。絶対。待ってて、絶対叶うから。諦めずに信じ続けて」  うん、と返事する花。わたしの背中にまわした花の手がギュっと力強くわ たしをしめる。  わたしがこの家にできる恩返し。それは花の夢を叶えてあげること。そん な風に思った。わたしは花の家が好きだ。花も好きだ。ありのままの、今の 状態でも大満足している。  だけど、花にとっては大満足じゃないだろう。洋服を買い換えることがで きないほどお金をたくさん持っていないということだ。お金がこの世で一番 大切だというわけではないけれど、やっぱり豊かにくらすにはお金が必要だ。  あ、と声をもらす。花が顔をあげる。わたしたちははなれる。 「どうしたの?」 「わたしが来たから、この家、お金とかの援助もらえるんだよね?」 「うん。本当にありがとうね、泊まってくれて」  花はニッコリと微笑む。これで少しは生活が楽になってくれたならよかっ た。だけど、この笑顔を見た後でのこのセリフはきつい。だけど、伝えなく ては。ゴクリとつばを飲み込む。意を決して、くちを開く。 「実にいいにくいんだけど……わたし、近いうちにこの町を出ます」 「え?」  花が目を見開き、わたしの腕を掴む。わたしは目をそらしたい気持ちにな った。だけど、それはいけないと思った。だから、わたしはあえて花の目を じっと見た。 「もう少しゆっくりしていけばいいのに……」 「でも、長居はできない。だって、他にも町はあるから。他の町にも行きた いから」  花はうつむいた。わたしは天井を見あげた。窓の外から誰かが楽しそうに 笑う声が聞こえる。子供達のはしゃぐ声もきこえる。ああ。今、晴れている。 外は晴れている。暖かな日差しが窓からさしこみ、わたしの身体を淡い黄色 のベールで包む。その暖かなこと。柔らかなベッドの触感を手に感じながら、 ぽかぽかと日向ぼっこをしている気持ちになる。  そう、外の晴れがこの部屋も晴れになったのだ。くもりがさったのだ。こ の部屋から。だから、空気もさっぱりしている。部屋の明るさもなんだか強 くなったように感じる。  花がわたしを見る。ニッコリといつもの笑顔で。 「そっか。短い間だったけど、楽しかったよ。わたしの夢、きいてくれてあ りがとうね。今はまだ空夢だけど、必ず正夢にしてやるから!」 「よっし。わたしも手伝っちゃうよ!」  二人で顔を見合わせ、笑いあう。わたしは手を胸の前であわせる。 「感謝感激感動」 「なあに、それ?」  わたしは花にこの動きを教え、意味を教える。  わたしの町のこと、花にもっと話したかったな。感謝感激感動。 久々の登場、感謝感激感動。夢は信じていれば叶うとです。