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炎山総受け

のりと塩ご飯と具


 炎山からおにぎりを受けとるジャスミン。そんな様 子をうらやましそうに柱のかげからのぞく熱斗。オレ にだって作ってくれたっていいじゃんか。そう思いな がら、炎山がこちらに来るのを待つ。
 ジャスミンとの談笑を終えた炎山は、運悪く熱斗の いる柱の方へ向かってしまった。熱斗は息を潜めて炎 山が近づくのを待った。
 今だ。熱斗は炎山に抱きつき、柱のかげにひきずり こむ。炎山は何事かわからず、目を見開いて足をばた つかせた。

「つーかまえた。やあ、炎山」

 明るい笑顔で炎山の顔をのぞく。炎山は顔を紅潮さ せ、「な、なんだよ」と反抗する。腕をおさえられて いて身動きがとれず、思ったように反抗できない。足 蹴りでもくらわせようかと考えたが、やめた。

「ジャスミンばっかり面倒見ちゃってさあ。俺にもお にぎり作ってよ?作らないと虐めちゃうぜ?」
「おにぎり?」

 炎山が眉をひそめる。おにぎりごときでこんな目に あっているのか。息を大きく吐く。分かった分かった、 とそのお願い事を了承し、どいてくれと頼む。熱斗は 素直にどき、ニコニコと「絶対だぜ?」と念を押す。 分かった分かったと炎山は先ほどと同じように返す。 がばっ、と後ろから熱斗に抱きつかる。

「ありがとう。最高に嬉しいぜ、え、ん、ざ、ん」

 耳元でささやかれる。炎山は耳を真っ赤にさせ、ば かと言って熱斗を振りはらう。熱斗は満足げな顔をし て炎山の前から去った。
 炎山は深呼吸し、自分の部屋へ戻る。自分の部屋の前で、ライカが待って いた。ドアに背を預け、腕を組んでいる。うつむきながら目をつむっている。 炎山は「寝ているのか?」と思った。ライカの顔をのぞきこむ。刹那、ライ カの目が開かれる。炎山は勢いよく退く。

「……驚かせるな、ライカ」

 ライカは姿勢を正し、炎山を見つめる。炎山は顔を引く。はにかみな がらなんだ、と言葉を落とす。

「ジャスミンにはおにぎりを与え、熱斗にはおにぎりを作る約束をしたよう だな」

 また、おにぎりか。炎山は心の中で突っこんだ。ここの住民はおにぎりに 振り回されているのか。おにぎりごときにむきになるとは。炎山ははあ、と ためいきをつく。

「作ってほしいのか、おにぎり」

 コクリとライカがうなずく。炎山は二、三回縦にうなずき、分かった分か ったと先ほどと同じように返す。分かったからどいてほしいと頼むと、ライ カはどいてくれなかった。

「何故どかない」
「おにぎりの中の具はサケだからな。頼んだぞ。楽しみに待っている」

 ライカはボソリと炎山の耳元でささやく。炎山は耳をおさえ、ライカを睨 む。ライカは満足げに笑みを浮かべると、ドアの前をどいた。そして、去っ た。炎山はくちをつぐむ。くちをもごもごさせ、飲み込む。
 おにぎりがそんなに食べたいなら、自分で作ればいいのに。オレもお人好 しだな。
 ガチャリとドアを開け、自分の部屋に入る。部屋にはブルースが待機して いた。ブルースまでがおにぎりの話を持ちかけることはないだろう。炎山は 安心しきってパソコンの前に座った。

「炎山様」

 背後からブルースの声。悪い予感を抱きつつも、炎山は回転椅子を回転さ せた。ブルースの姿が視界に入る。

「炎山様、実はお願いがございます」
「なんだ?」

 まさか。炎山はブルースを見つめる。

「その……わたしにおにぎりを作ってください」

 炎山は手を額にあてた。悪い予感は当たる。炎山は息を吐き、肩の力を抜 く。

「中身はなんだ?」
「梅干しを」

 炎山は目をつむり、回転椅子を半回転させた。

 炎山は光はる香から台所を借り、サケと梅干しとピクニックバスケットを 用意してもらう。
 袖をまくしあげ、エプロンをつける。ピンクの生地で胸元にヒヨコと花が プリントされている。背中で肩ひもをクロスさせる。リボン結びをしようと、 手を後ろにまわす。リボン結びができなかった。仕方がないので、そのまま にする。
 蛇口をまわし、水を出す。手を流水の中へ入れる。水が出過ぎていたよう で、手のひらで水が激しくはじける。あたりが水浸しになる。胸元がぐしょ ぐしょに濡れて、気持ちが悪い。
 流しを拭いあげ、胸元をエプロンの上からタオルで拭う。だが、水気はと れない。自然乾燥させることにした。
 炊飯器を開ける。もくもくとあつい湯気があがる。顔を近づける。湯気が 顔にあたる。熱い。炎山は顔を引っ込める。生ぬるいものが顔を覆う。手の 甲でそれを拭う。
 しゃもじでご飯をすくい、茶碗に盛る。手に塩をつけ、ご飯を掴む。
 熱い。炎山は手のひらでご飯を転がす。しばらくすると、その熱さに慣れ てきた。炎山はおにぎりの形を整えていく。
 具なし、鮭入り、梅干し入り。少しずつだが、おにぎりができていく。

「炎山、おにぎり作ってるノ?」

 ジャスミンがおにぎりをのぞきこむ。あ、とジャスミンは言葉を落とし、 炎山の後ろに近寄る。エプロンの紐をリボン結びする。はい、できたよ、と 声をかけ、背中をパンと押す。炎山は振りかえる。ジャスミンはニカッと笑 う。

「わたしには塩昆布の入ったおにぎり、ヨロシクネ」

 ジャスミンは塩昆布の入ったビンを炎山に差しだす。炎山はジャスミンを 見つめ、それを受け取る。ビンを手中におさめ、様々な角度からその中をの ぞく。
 ジャスミンはにこにこしながら、お漬け物の入ったビンを出した。
 自分の袖をめくりあげ、手を洗う。手に塩をつけ、炎山を見て微笑む。

「わたしは炎山の分を結ぶネ」

 炎山はキョトンとした顔でジャスミンを見つめる。ジャスミンにほのかに 笑みを見せる。ジャスミンは嬉しそうにおにぎりをにぎりはじめた。


 数十分後、全員の分ができあがった。そして、ライカが現れた。ライカは おにぎりを一瞥する。炎山を見る。どこか、得意げな表情。ライカはふっ、 と片方の口角をつりあげて笑う。

「よくやった」

 ジャスミンはやった、と嬉しそうに肘を曲げ、拳を握る。炎山も嬉しそう にする。

「しかし」

 その言葉が鼓膜を打ち、二人はライカへ視線を勢いよくやった。ゴクリと 唾を飲み込む。二人がライカの言葉を待つ。目をつむり、腕を組んでいたラ イカが目を開く。

「このおにぎりには重大なミスがある」

 炎山は目を見開き、ジャスミンの顔を見、ライカの顔を見あげた。二人の 驚いた顔に、ライカは満足そうな笑みを浮かべる。そのニヤニヤした顔が、 少し心に引っかかった。
 ライカはごそごそと袋を取り出す。

「のりだ。のりが足りない。ニホンのおにぎりにはのりが必要不可欠なはず だ。のりと塩ご飯。そして、その中の具。この三つがそろってこそ、おにぎ りの味を最高に引き出すことができる」

 おおお。炎山とジャスミンは声をあげて感嘆し、ライカに向かって拍手す る。ライカは得意げに胸をはる。ライカは手袋を脱ぎ捨て、流しにいく。蛇 口をひねり、手を洗う。のりをおにぎりに巻いていった。
 こうして、三人の力でおにぎりができあがった。ピクニックバスケットに おにぎりを詰めこむ。三人はふう、と息を吐き、額の汗を拭ぬぐう。
 顔を見合わせる。おにぎりを一緒につくりあげた仲間と完成したことの喜 びをかみしめあう。三人は、何かをやり遂げたすがすがしい顔をしている。
 おにぎりを作り上げること以外に、何かを得たかのような笑顔。きっと三 人はこの共同作業の中で、何かを見つけることができたのだろう。

 三人は台所を貸してくれたはる香に感謝の気持ちを伝えるために、ふりか けを混ぜて作ったおにぎりをあげた。炎山はたまごのふりかけ、ライカはわ かめのふりかけ、ジャスミンはたらこのふりかけを混ぜてつくった。色鮮や かなおにぎり。はる香はとても喜んでた。三人も喜んだ。
 炎山はみんなを誘って外へ出かけた。緑の多い場所。そこでこのおにぎり をみんなで食べたいと思ったのだ。熱斗にお願いし、緑の多い場所に連れて 行ってもらう。
 シートを広げ、ピクニックバスケットを置く。

「よっし、炎山の隣りはオレ、熱斗くんできまりだな!」
「いや、オレだ」
「わたしネ」
「いえ、炎山様のナビである、オレだ」

 ここでケンカをしなくても。炎山はその様子を見ながらフンッと笑い、仲 裁に入る。

「待て。俺が決める」

 ゴクリと皆が息を飲み込む。今か今かと自分の名前が呼ばれるのを待った。 炎山へみんなの視線が注がれる。

「……ジャスミンとライカだ」
「え、なんで!」

 熱斗は身をのりだす。炎山は熱斗を一瞥する。

「手伝ってくれたからだ」

 やったあ、とジャスミンは跳ねて喜び、ライカは嬉しそうに笑みを浮かべ る。珍しく、ブルースと熱斗はお互いを慰めあう。

「食べるぞ。それとも、冷めてまずくなったのを食べるつもりか?」

 みんなは環になって座る。手をあわせ、元気よくいただきますと挨拶する。 そのいただきますの挨拶は、おにぎり争奪戦開始のゴングだった。


UP日=不明 改訂=04.04/03
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