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ライ炎ライカ×炎山

祖国の雪はキレイなのにな


 はあ、と息を吐く。白い息が現れ、消える。寒い。もう、冬なのだ。ブル リとからだを震わせ、マフラーに指をかける。白い毛糸で編まれたこのマフ ラーはママ(光ハルカ)が編んでくれたものだ。特別に高い値段でオーダー したマフラーよりも、ママが愛情を込めて作ってくれたこのマフラーの方が 断然温かい。炎山はそう思った。編み目は本当に小さく、横幅は広く、 長い。きっとここまで編み上げるのは大変だっただろう。炎山のために身近な 人がこんな風に何かを一生懸命作ってあげることはほとんどなかった。だか ら、炎山はこのマフラーをとても気に入っていた。
 空を見あげる。真っ暗だ。こんな暗い日には星がキレイに見える。だが、 生憎あいにくの天気で曇り空。雲によって星達は隠されてしまっている。まことに残念だ。
 冷えきった手を擦りあわせ、はあ、と息を吹きかける。温かい吐息はほ んのわずかだが冷えた指先に温かみを与えた。もう一度手を擦りあわせ、両 腕を擦る。この寒さに思わず「寒い……」と素直な気持ちがこぼれる。
 さあ、早く帰ろう。早く、あの温かい我が家と呼んでいいあの家へ戻ろう。 炎山はもう一度マフラーに顔をうずめ、小走りで家に帰った。
 ただいま、と言って上がる。家の中はストーブが設置されており、外と は比べ物にならないほど温かい。ママが小走りで炎山のもとへやってくる。

「おかえりなさい、炎山クン。寒かったでしょ。ほら、早く上がって。コー トも脱ぎなさい。風邪予防に手洗いうがいをして、ストーブの前に座って温 まりなさい。今日は冷えるそうよ」

 ママはニッコリそう言うとお台所へ戻る。くるりと炎山の方を振りかえ り、「今日は温かくておいしいシチューよ。楽しみにしててね」と笑顔で 言った。炎山はニコリと微笑み、うなずく。楽しみだ。
 炎山はママの言われたとおり手洗いうがいをし、コートとマフラーを脱 ぎ、リビングのストーブのもとへ向かった。先着者としてライカがいた。炎山 はライカの隣に座り、手の平をストーブに向けて温まる。チラリとライカ が炎山の様子を見る。その様子に気づいた炎山は小首をかしげて「何?」 とライカにたずねる。
 ガシ、と急に手を握られ、炎山はびっくりし、目を見開く。顔が熱くなる。 ライカの手は温かかった。冷たい炎山の手を覆い、擦り、温めてくれる。 なんだか照れくさかった。

「冷たいな、炎山の手」

 ボソリとライカがつぶやく。外に出ていたからと炎山は答える。だいぶ 手が温まってきた。ライカは手をはなす。ふう、と炎山は一安心する。 が、つかの間、急にほほをライカに触られる。炎山は真っ赤になって顔をひく。

「な、な、なにするんだ……っ!」
「頬の方も冷たいのかと思ってな。予想に反してものすごく熱かった」

 ニコリと笑むライカ。炎山はライカから顔をそらし、自分の頬に触れて みる。ライカのいうとおり、とても熱かった。ライカの方をむき直し、「ば か」と舌をちろりと出して言う。フフンとライカは笑う。

「シチューのいいにおいがするな」
「ああ……。母上の料理はなんでもおいしいからな」
「俺、炎山にしか言わないがな、ニンジンが嫌いなんだ」
「ニ、ニンジン?」

 思わず聞き返す。ライカはいつもの調子で「ああ、ニンジン」と返す。 だから、なんなのだろうっと思って続きを待つ。しばらく黙っていたが、再 びくちを開いた。

「それでだな、炎山にお願いがある」

 話の流れ的に何をお願いされるか見当けんとうがつく。炎山ははあ、と息を吐 く。ライカはぬっと炎山に顔を近づける。炎山はドキドキしながら平常を 保とうと、顔をそらす。

「シチューにはニンジンがつきものだ。だから、ニンジンを炎山に食べても らいたい」

 ほらな、やっぱり。炎山はライカの方を向く。ライカのひたいと炎山の額が 当たる。ライカはじりじりと炎山の額を押し、炎山はじりじりとライカ の額を押し返す。

「母上が俺たちのために一生懸命作ってくれているというのに、ニンジンだ け残すなんて最悪だぞ」
「そうだ、最悪だ。だからこそ炎山に食べてもらいたい」
「いや、何がだからこそなのかわからない」
「俺の思いをニンジンにこめるからそれを食べてもらいたい」
「こめるなら食べろよ」
「食べたら食べてくれるのか?」
「何を考えている。無理に決まっているだろ。食べたなら飲みこめ」
「飲みこんだら食べてくれるのか?」
「もう食べるのは困難だろう」

 額をはなし、お互いにストーブを見つめる。しばらくの間、沈黙が続く。

「食べるよ、ニンジン」

 ボソリとライカがつぶやく。炎山はぱっとライカの方を見る。ニッコリ と微笑みライカに寄りかかる。ライカは炎山の頭に自分の頭をのせる。ラ イカのからだは温かかった。

「炎山! シチューだぜ、今日! ライカになんかに甘えないで俺に甘えろ よ! ひゅうひゅう!」

 異様なテンションで熱斗がリビングにやってくる。どかり炎山の隣に座り、 炎山の肩を引っ張って自分によりかからせる。炎山はひじうちを熱斗に食 らわせ、慌ててライカにしがみつく。ライカはフフンと笑みをうかべなが ら熱斗見つめる。うらめしそうな目で熱斗はライカをにらむ。ぱっと笑み をうかべ、炎山に抱きつく。炎山に蹴飛ばされる。

「なんだよ、炎山。俺は炎山に甘えちゃいけないのかよ」
「光は強引なんだよ、何事にも。ライカもまあ、強引な所もあるけど」
「そうか?」
「とぼけるなよ、ライカ」

 炎山はライカを見あげる。ライカは笑う。熱斗は炎山にとびかかる。

「こら、熱斗。ストーブの前で暴れないのよ」

 ママが叱りにきた。慌てて熱斗は炎山から離れ、立つ。ママの前に立ち、 頭を下げる。そして、ごめんなさいと謝る。

「もうそろそろシチューができるからね。食卓の準備、お願いね」

 三人は元気よく返事をする。



 ある夕方、炎山とライカはとある喫茶店に居た。仕事の打ち合わせだ。 まあ、仕事の打ち合わせなどはさっさと終わり、今では雑談タイムなのだ が。
 炎山は注文しておいたコーヒーを飲む。あたたかい湯気が顔を包む。ふ う、と息を吐き、リラックスする。

「しかし、シャーロとはおもしろい所だな」
「だろ? 一度、来てみないか」

 ライカが嬉しそうに誘う。炎山はフンッと笑い、いつかな、と答える。 そうか。ライカは嬉しそうにつぶやき、コーヒーを飲む。

「ライ麦パンが食べてみたいな。あと、ライ麦畑。キレイなんだろうな」

 頬杖をつき、炎山はライ麦畑が風に揺れる情景を思い浮かべる。黄金に 輝く麦。そよそよと風に震わされ、ざわわざわわと騒ぐ。静かな場所でそん な様子を眺めるのはさぞかし気分がいいだろう。そう、それで、ライカとそ れを見るのだ。ライカが「あれはライ麦だ。シャーロの主食とまでは言わ ないが、日頃よく食べられるライ麦パンの原料だ」みたいにうんちくを話し はじめる。それで、俺は半分聞き流しながらライカの優しい一生懸命な声 と悠々ゆうゆうとうたう、ライ麦の歌をきく。そう、目を細めてニッコリと。ああ、幸 せだな、と思いながら。チラリと見あげればライカと目があって。ニコリと ライカは微笑んでくれて。俺ははにかみながらも微笑む。そして、言う んだ。「来てよかった」って。そしたら、ライカがすごくうれしそうに笑っ て俺に抱きついて「だろう、そうだろう。ほらな、俺のいうとおりだろう」 と得意げに言うんだ。

「ああ、見せてやるよ、ライ麦畑。とびっきり広いところがあるんだ。すご く、きれいだぞ。あそこはすごく落ち着く。お気に入りの場所だ。まあ、 今みたいに寒い冬の時期には雪しかないがな。温かい時期に来いよ。シャー ロはとても寒いからな。ここの寒さなんて足下にも及ばないぞ」

 コーヒーの入ったカップを両手で包む。炎山はチラリとライカの顔を見 る。ライカも炎山の顔を見る。目が合う。炎山は二カリと笑う。

「心配してくれてありがとうな」

 ライカは目を見開き、すぐに目を細めた。いつもは素直じゃないのに。 二人の時だけ素直になるんだから。こいつは人の心を掴むのが上手だな。 そう思った。ライカはコーヒーをまた飲む。炎山も飲む。
 喫茶店を出ると外は真っ暗になっていた。ほんの少しだと思っていたが、 長い時間居座っていたようだ。はあ、と白い息を吐き、炎山は両腕をこす る。ライカが炎山の背中に手をまわり、腕をこすってやる。炎山はライカ を見あげる。そっぽ向いている。フンッと笑い、ライカの手に自分の手を重 ねる。コーヒーカップを包んでいたその手はとても温かかった。

「炎山みたいに小さいやつにはこたえるな、この寒さ」
「小さくない、人並みだ。ライカが高すぎるんだ」
「そうか? 俺はいたって普通だぞ。まわりが小さいだけだ」
「それをな、普通じゃないっていうんだ。普通じゃないからお前が高いんだ」
「だから、まわりが小さかったんだって」
「だから!」

 炎山が顔をライカに突きつける。ライカは炎山に顔を近づけ、目を見つ める。ドキリとし、炎山は慌てて顔をひく。フフンとライカは笑う。
 「あ」と炎山が声をもらす。空を見あげると小さな粒が落ちてきた。雨、 だろうか。だが、落ちる速度が遅い。しかも、真っ直ぐ振っていない。これ は雪、だろうか。手をのばす。手の上に雪が舞い降り、溶け、水になる。

「雪か……」
「ニッポンの雪とシャーロの雪は違うな。シャーロの雪はとてもキレイだっ たぞ。真っ白で細かくて。気持ちが良かった。すごく、キレイだった。だけ ど、ニッポンの雪は汚いな。泥で茶色く汚れている。振ってくる雪も、なん だかパッとしないな」

 じゃり、と靴で地面の雪をはらう。泥と混じった雪と溶けかけの泥と混じ った雪。お世辞にもキレイとは言えない。シャーロの雪の方が何倍もキレイ だろう。

「……キレイだな、雪」

 ライカはぱっと炎山の方を向く。白い息を吐きながら空を見あげる炎山。 頬が赤く、とても寒そう。目を大きくして降り続ける雪を見つめている。ラ イカも一緒になって落ちてくる雪を見つめる。

「……不思議なものだな」

 炎山はライカの方を向く。ライカは雪を見つめていた。なんだか照れ くさそうな顔をして。

「別になんともない、いや、汚いとも思える雪なのにな。炎山がキレイと言 った雪を炎山と見るとキレイに見えるんだ。祖国の雪の方が断然美しい。感 動さえ覚えることがある。だけど、今見ている雪は違うんだ」

 ライカはうつむく。はあ、と息をはく。やっぱり白い。

「ああ、キレイだなって思える。不思議だろ、汚いと思っていた雪なのに。 雪が見られてよかったって思うんだ。雪が見られて嬉しいと思えるんだ。変 だろ、急に考えが変わってしまうなんて」

 クスリとライカが笑う。照れた顔で。炎山の方を見ながら。炎山はライ カに近寄り、ぎゅっと腕に抱きつく。

「変じゃない。いいと思う。キレイに見えるから。俺もうれしい。俺がキレ イだと思った雪をライカもキレイだと思ったから」

 ライカははっとした顔をし、すぐに表情を柔らかくする。炎山の頭を撫 で、ありがとうと言う。炎山はさっきよりも強く腕を抱きしめる。

「炎山のせいだな」

 ニカッと笑うライカに炎山もニカッと笑いかえす。


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