TOPに戻る小説1に戻る
ライ炎ライカ×炎山

キャベツの香りに包まれたなら


 ライカがシャーロに帰った。理由はよくわからないが、帰った。一週間シ ャーロに滞在すると言っていた。時間には性格なやつだから必ず一週間後に は帰ってくるだろう。
 外では冷たい風が吹いている。雪は降っていない。天気はよくない。外は 暗い。シャーロはここよりも寒いのだろう。大丈夫だろうか。大丈夫だろう な。ライカのコートならシャーロでも北極でも耐えることができるだろう。 ライカが寒さに震えているのは想像がつかないしな。寒くてもいつもの顔で 寒くないと言い張るだろう。
 リビングでぽけーっと窓の外を見ていると光が近づいてきた。腕に大きな サラダボウルを抱えている。そのサラダボウルに盛ってある何かをパリパリ 美味しそうな音をたてながら食べている。

「炎山も食べる? キャベツチップス」

 一体どんなものか知りたかったので一ついただいた。あまり美味しくなか った。油っぽい。揚げ方があまり上手ではない。これは光の母上が作った物 ではないな。

「どう? 炎山? おいしくない?」
「ああ、おいしくない」

 嬉しそうに光はにかりと笑い、よかったと答える。何がよかったのか、よ くわからない。
 キャベツ。きみどり色のキャベツ。水にいれてパリっとさせればなんとも いえない歯ごたえを味わえる。シャキッシャキとしたあの噛む時の音はここ ちよい。じっくり煮れば柔らかい。キャベツの芯まで味が染みている。たま らない。キャベツと肉の組み合わせもいい。
 キャベツ。キャベツが食べたい。キャベツが食べたい。
 テレビを見るとニュース番組になっていた。キャベツ畑の映像が流れてい る。なんというタイミング。いったいどんな内容のニュースだろうか。キャ ベツ畑の次にシャーロの雪景色が映る。胸がドキリとする。ぱっとライカが 頭に浮かぶ。そういえばライカの髪の色はキャベツ色だな。おいしいのだろ うか。

「現在、シャーロではキャベツブームで、シャーロ国内ではキャベツ不足で す。そのため、他国からの輸入しているようです。ニホンのキャベツも多く 輸入しており、現在ニホンでもキャベツ不足です。キャベツの値上がりをす る店が増えており、家計に大きな打撃を与えています」

 耳を疑った。シャーロでキャベツブームだと……? そんなまさか。そん なはずが。俺が食べたいと思った瞬間キャベツブームが到来してキャベツが なくなるなんてありえない。
 しかし、キャベツの値上がりか。これは困ったな。生憎あいにく、俺の家からキャ ベツ費をもらうことができない。光の母上に頼めばいいのだが、キャベツは 現在値上がり中だ。科学省で働く光博士がいるとしても家計に大きく響くだ ろう。
 ああ、キャベツが食べたい。だが、光の食べていたキャベツチップスは食 べたくない。……キャベツが値上がり中なのに何故そんな贅沢ぜいたくなものを光は 食べていたのだろうか。謎だ。
 キャベツが食べたい。


 ライカが帰ってきた。どっさりとキャベツの入った段ボールを二箱たずさえて。 さすがブーム中なことはある。俺はライカが帰ってくるや否や段ボールに抱 きついた。シャーロから来、この寒い中やってきた段ボールはひんやりして いた。においをかいでみるとキャベツの香りがした。待ちに待っていたキャ ベツだ。どれほどキャベツが食べたい欲求を我慢していたことか。

「ライカ、キャベツありがとう。おかえり」

 ただいまと返しながらライカは小首をかしげた。ライカの髪がおいしそう に見えた。

「なんだ、炎山。何かついているのか?」

 ライカは自分の髪をいじる。俺はなんでもないと答える。ライカは不思議 そうな顔をして他の住民にもただいまを伝えにいった。
 ストーブのところに行き、温まる。ライカが戻ってきた。コートを脱いだ ライカは俺の隣りに座り、じーっとストーブを見つめる。
 ライカの横顔を見るとやけに肌がつやつやしていることに気づいた。潤っ ている。何があったのだろうか。こんなに美肌になってしまって。俺よりも 肌がキレイだ。思わず人差し指でライカの頬をつついてしまった。
 チロリとライカは俺を見た。あまり驚いてない。ついでだから肌も撫でて みる。つるつるしている。本当にどうしたんだ、ライカ。まさか、キャベツ パワーのせいなのか?
 そう思っていると急にライカが俺の方を向いた。急なことで俺は固まった。 ライカは手をのばし、両手で俺の頬を触る。キャベツの入っていた段ボール と同様にひんやりしていた。元からライカの手はキレイだったが、今の手は 前よりももっとキレイだ。キャベツのにおいがする。

「何か用か? 炎山」

 今の現状を理解し、俺の顔は急に熱くなる。ライカの手をぺしりと叩き、 手をどかせる。

「肌がキレイだと思って。何があったんだ、ライカ」

 ああ、肌。そう言ってライカは自分の頬を撫でる。

「今、シャーロでキャベツが大ブームでな。キャベツパックをしたんだ。キ ャベツを食べていて肌が整ったが、キャベツパックをするとさらに肌がよく なってな」
 どうりでキャベツのにおいがするわけか。

「キャベツパックの仕方、教わったから炎山にもしてやるぞ?」
「いや、キャベツは食べるから遠慮しておく」
「遠慮するなよ。俺が炎山の肌を念入りにマッサージして念入りにケアしてやるから」
「それを聞いてさらに遠慮しておきたくなった」
「ゾクゾクするまでしてやるぞ」
「何をだ」

 にやりとライカは笑いストーブに目をやる。髪の毛も潤っている。艶があ って健康的。一週間シャーロにいただけでこんなにキレイになるなんて。髪は キャベツシャンプーででも洗ったのだろうか。キャベツブームにも程がある だろう。
 キャベツシャンプーをしているなら、キャベツのかおりがするのだろうか。 キャベツの味がしたりするのだろうか。
 ライカの髪に鼻を近づける。やっぱりする。ライカがキャベツ漬けにされ たみたいだ。
 髪もキャベツ色でにおいもキャベツ色で。俺の方に向かって跳ねている髪 が俺に食べて食べてとアピールしているかのように見える。いや、アピール している。食べよう。俺はライカの髪を食べる。

「な、え、炎山! な、なにをしてるんだ?」

 慌ててライカの髪から離れる。くちに含んだところだけライカの髪が変に 光り、変に水っぽい。
 じっとライカを見つめる。ライカもじっと見つめてくる。
 ふっとライカは笑み、顔を近づける。ドキリとする。体中が熱くなる。

「ご飯よ」

 光の母上の声がした。ライカはにかりと笑むと俺の頬に頬をくつける。そ して俺の頭を撫で、キャベツでも食べるかと言って立った。
 ライカの後についてダイニングに行くと食卓が見事なキャベツ色に染まって いた。その光景を見た俺たちは顔を見合わせ、笑った。


TOPに戻る小説1に戻る