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熱炎熱斗×炎山

一緒にキラキラ光ろう


 窓から、ポカポカと温かい日差しが入りこむ。そして、その光は家を照ら し、俺とライカを照らす。できた影はなんだか柔らかい。
 窓に向かって足を投げだし、手を後ろにカラダを支える。真正面から飛び こんでくる光は、まぶしくも熱くもない、ちょうどいい強さ。目をつむれば 鳥のさえずりや風の音、そして風に揺れる草の音、花の音がきこえるかもし れない。ほのぼのする。
 ライカと和みながらこうやっていると眠くなってくる。安心感のためだろ うか。何も言わずに、時が流れるのも感じず、ただ無心にくうを見つめる。気 持ちがいい。
 チカラが抜けていく。瞼のチカラもぬけて、視界が暗くなっていく。この まま眠ってしまおうか。そう思って頭をライカの肩に預ける。ライカは俺の 頭に手をのせ、ぐしゃりと髪を乱す。

「炎山!」

 俺はばっと頭をあげる。気をぬくことのできない家だ。ちょっとこうした だけで、熱斗が大声をあげてやってくるのだから。のんびりする時間を俺に 与えてくれても罰はあたらないぞ。
 光は俺とライカの間に入り、ライカの頬をつねる。いたっとライカは声を あげ、光の頭をぴしゃりと叩く。痛いと頭をさする光は、次に俺の胸に飛び こみ、痛いよ痛いよとわめく。
 まったく。相変わらずの調子だ。まあ、これが光のいいところだ。そして、 俺の憧れるところであって、気に入っているところだ。たまにそれが仇とな るが。まあ、それだけ元気な方がいいがな。

「熱斗、俺と炎山の仲がねたましいのはよく分かる。よく分かるが、お前に 炎山は渡さないからどんなにしたって無駄だぞ」
「いーっだ。後からのこのこやってきておいて、何が俺の炎山だ。炎山はラ イカよりも前に俺のものになってるんだよ!」
「ふざけるな。炎山はおれのだ」
「いや、だれのものでもないのだが」

 光がライカにとびつき、床をゴロゴロしながらもめあう。変だ。俺は思わ ず笑った。にらみ合っていた二人もだんだん顔がゆるんでいく。それもまた おかしい。三人で声をあげて笑った。
 昼前の空の太陽は温かい。穏やかに狭い窓へ光を与えてくれている。窓を 通して陽に照らされ、はしゃぐ俺たち。温かい。全てが温かく見えた。


 ライカがシャーロに出張することになった。詳しいことは言えないと言っ ていそいそと出ていった。シャーロのどこへ行ったか知らないが、連絡をと ろうにもここ数日間、届かない。どこか遠くか、穴の中にでもいるのだろう か。軍人というのは大変だな。
 なんだか寂しいと思うのは、ライカに依存しすぎたせいだろうか。前なら いなくてもこんな思いをしなかった。だが、今、心の中にライカが住みつい ているようだ。寄生虫のようなことはしないでもらいたい。
 一人で窓際で日向ぼっこをする。いつもの二つの影は今日も一つ。影がさ びしそうに見える。影も一人はいやなのだろうか。
 ガチャ、とドアの開く音がした。光だ。なんとなく分かった。そして、予 想通りだった。声をかけようと思った。だが、それよりも先に光が母上に声 をかけた。

「ママ、川に行ってくる」
「あら、一人で?」

 母上の問いに答えず、光はいってきますと元気よくいうと、家を出ていっ た。ドタバタと光が走って騒がしくなったかと思えば、また静寂を戻す光家。 太陽は何もいわずに光を放っている。母上が読んでいる雑誌のページをめく る音が響くように聞こえる。
 一人になった。ライカは出張、ジャスミンは買い物。メディと彩斗は取り 込み中で熱斗は川。ブルースはいるが、ブルースで満たされるような弧独心 じゃない。母上の方も雑誌を読むのに夢中のようすである。
 俺もとことん弱くなったものだな。一人がこんなに苦痛に思うとは。甘え だろうか。……いや、そうでもないかな。
 俺はカラダをおこし、母上のもとへ行った。母上は俺の気配に気づき、顔 をあげて俺を見た。

「母上、俺も川に行って来ます」
「あら? 本当? 炎山くんが一緒なら安心ね」

 母上はニッコリと笑った。


 風がふわりと吹く。草の香りがする。さらりと揺れる緑。その中でからだ を揺らし、リズムをとる黄色や白の花々。風が俺を優しく包み、あそこだよ と光のいる方へ押してくる。くさを踏み折りながら丘を下る。こけそうにな る。ざっと靴でブレーキをかける。ブレーキをかけたあたりの土は削れ、草 は根っこをだして倒れる。花も折れている。
 こけないように、滑らないように注意して丘をおり、平らな地に立つ。ざ あああっと風が吹き、草が波を見せる。パタパタとベストがなびく音が聞こ える。
 走って光のもとへ行く。しゃりしゃり草がズボンに当たる。

「光」

 名前を呼んだ。

「お、炎山」

 返事がきた。
 下向けていた上体をおこし、こちらを振りかえる。いつもの明るい笑顔だ。 春の温かな太陽に照らされ、いつもよりも柔らかい笑顔に見えた。

「あ、炎山、見る? ほら、来いよ」

 光に手招きをされ、俺はそれに従う。光に近寄ると光は靴を脱いで川に入 っていた。俺は光を見た。にこりと光は笑う。俺は靴と靴下を脱ぎ、ズボン を膝のあたまりまでまくり上げ、そっと水面に足先を触れてみた。冷たい。 気持ちがいい。ゆっくり足を入れる。川の流れが足で感じとれる。
 光が俺の肩をつつく。水で濡れた手だったので、肩がひやりとした。柔ら かい笑顔で透明なつつ、だろうか。それを渡してきた。俺はそれを受け取 り、光を見る。光は川を指さした。

「これ、この底のない方を川につけるんだ。で、のぞいてみろよ」

 言われたとおり、俺は底のない方を川に入れてみた。

「わあ」

 思わず声が漏れる。川の流れでよく見えなかった川がよく見える。川底も キレイに見える。魚が泳いでいる。なんだかよくわからない物体があそこに いる。あんなところに草がはえている。あそこに面白い形をした石がある。
 表面だけでは見えない世界が、筒によって内面を見せてくれた。外の世界 と中の世界が繋がったかのよう。俺は顔をあげ、光を見た。光は嬉しそうな 顔をしている。俺も嬉しそうな顔になっていたと思う。

「どう? キレイ?」
「ああ、キレイ。はじめてみた、こんなの」
「だろ。そうだと思った」

 そう言うと光は、ばしゃりと水をかけてきた。うわっと間抜けな声がでる。 よくもやったなと言って俺はやり返す。光は楽しそうにじゃばじゃば水をか けてくる。
 飛び、落ちていく水に春の陽があたり、キラキラと光る。透明な水である のに、それは虹色に光ったり、白色になったりした。飛んでは落ちてはじけ てまた飛んでゆく。飛んではカラダにぶつかり、服の繊維に吸収される。飛 んでは、肌にぶつかり、肌の上を滑っていく。風が吹くとその部分はやけに 涼しく感じられる。
 楽しい。しょうもないことかもしれないが、楽しい。二人で声をあげて笑 いながら、ひたすら水をかけあった。これがこんなに楽しい。ただ濡らしあ うだけなのに。
 眩しい。空から振ってくる光を川の波が反射し、うろこのようにキラキラ と光る。飛び散る滴もキラリと乱反射し、草の表面も光る。空は雲一つなく、 澄んだ色。遠くに見える白い月がキレイ。
 服がびしょびしょになり、水のかけあいをやめる。光は岸に腰をおろし、 足首からしたを川に浸して座った。俺も光を追い、同じように隣りに座る。
 お互い黙り込む。川がさらさらと流れている。川は止まることなく流れて いる。そして、その川の中の魚たちは流れに逆らうように永遠と逆方向へ泳 いでいる。流れに逆らって泳ぐのはキツイのだろうか。

「なあ、炎山」
「なんだ」

 光は頭をかく。へへ、とはにかみながら笑い、どこか遠くに視線をやった。

「俺、居るから。頼っていいから」

 俺は光を見る。光は俺の方を見ず、相変わらずどこか遠くを見ている。光 の横顔は、笑っている。濡れているせいでやけに光って見える。

「なあ。忘れないでよ。俺だって炎山のこと、大切に思っているんだぜ。い つだって助けてやるぜ。だから……さ」

 なんていえばいいかなあ。そう言って光は視線を上にやる。こちらを向い て穏やかに笑むと、俺の頭に手をのせた。

「まあ、忘れないで。俺がいるってこと」

 俺はふっと笑う。

「ライカばっかりにいい思いはさせないから」

 にかりと白い歯を見せて笑う光が、眩しかった。
 温かい春の日差しが今、ここを照らす。温かな光に包まれた温かな空間。 時間は川の流れと共にゆるやかに流れる。
 こういう毎日に憧れていた。忙しい日々の中、寂しい毎日の中、こんな風 になれるのだろうかとほんの少しの隙間、思っていた。
 それが今、かなっている。
 かなった理由。それはきっと光と出会えたからだろう。
 俺は光を見る。

「ありがとう」

 そう言って笑った。

「おうよ。ありがとな」

 光もそう言って笑った。
 まったく。今日はやけに眩しい。


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