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ライ炎ライカ×炎山

楽しいから特等席からおろさないで


 シャーロでは、雪が降っていた。外は暗かった。夜だからな。真っ暗闇の 中、白い雪が風と共に上空から落ちてくる。雪山は灰色に、木々は雪のコー トを、地面は白い絨毯を敷かれていた。冬、だ。
 しばらく、伊集院に会っていない。会いにくればいいのに、会いにこない。 いったいどうした。オレに会いたくないのか。連絡をくれたりはするが、な かなかシャーロまで来ない。シャーロの雪景色はこんなにキレイだというの に。一度、見に来ればいいのに。
 窓にもたれ、外を眺める。静かだ。
 ……白、か。伊集院の髪も、白だったな。伊集院の髪はサラサラしていた な。
 伊集院炎山。久しぶりに、会いたいものだ。


 エンターキーを押す。データが保存される。ひとまずこの仕事は片づいた。 ふう、と息を吐き、背伸びをする。目が痛い。からだ中が痛い。

「炎山さま、大丈夫ですか」

 モニターにブルースが映る。

「少し、目が痛いな。しばらく休んでいいか、ブルース」
「ええ、このペースでしたら大丈夫です。仮眠室で仮眠されてはいかがです か」
「……そう、だな。悪いな、ブルース。少しの間、頼むぞ」

 席を立ち、職場の者に休憩すると伝え、仮眠室に移る。仮眠室は、部屋の 隅にベッドが一つ、その横に小さな丸机が置いてあるだけの質素なつくりだ。 眠ることだけが目的だから、これで十分足りる。
 炎山は上着を脱ぎ、ハンガーにかける。ベッドに腰かけ、自分の足を見つ める。足の指を閉じたり開いたりしてみる。うんと背伸びをし、横になる。 毛布をかぶり、まどろむ。

 ガチャリと音が鳴る。仮眠に入ったとはいえ、だいぶ疲れをおぼえていた 炎山は、その音に気づかなかった。そして、ドアが開き、人が入ってくるの にも気づかなかった。

「……寝てる」

 ライカは炎山の側による。膝を曲げ、ベッドの上で腕を組み、炎山の寝顔 を眺める。ゆるんだくちもとから、弱々しい呼吸の音がきこえる。小さく動 く肩。だらんとチカラの抜けた手首。こんな無防備な状態を見ると、こちら も口元がゆるんでしまう。ほのかにライカは微笑み、炎山の頬に触れる。柔 らかい。

「……ん」

 ゆっくりと炎山の瞼があがる。が、何度もおりる。開けようとするが、な かなかあがらない。ライカはその様子に笑いそうになった。炎山の髪をぐし ゃぐしゃにかきまわし、頬に手のひらをあててみる。炎山は眉間にシワを寄 せ、寝返りを打つ。ライカは笑いをこらえた。
 毛布ごと、炎山を抱え上げる。意外と軽い。こういう状況であるというの に、炎山はまだ起きない。よほど疲れていたのだろうか。ライカは炎山を抱 えたまま仮眠室を出た。


 なんだろう。揺れている。耳が、痛い。何か、おかしい。仮眠室で寝てい たはずだが……。思い違いか。どこか、変な所で寝てしまったのだろうか。 まぶたを開けてみる。
 ……どこだ、ここは。
 オレの勤め先にこんな場所、あっただろうか。こんな、何かの乗り物のよ うな操縦席に、その前方に空が見えるところが。……空?操縦席? なんだ、 ここは。どこだ、ここは。

「……お目覚めか、伊集院」

 声のする方を向く。まだ夢の中かと思い、目をこする。もしかしたらキャ ベツのお化けかもしれない。念には念いれ、何度もこすり、もう一度見た。 だが、キャベツのお化けは姿を変えることなく、その場にいる。
 そんな様子を見て、ライカが笑う。
 オレはライカを見つめる。ライカはメーターか何かに視線を戻す。飛行機 か何かの操縦席はこのような感じだったかな……と考えた。刹那、窓の外を 見た。唖然と外を見つめる。雲が、見えたのだ。どうやらここは空のようだ。 仮眠室に行って寝たのは、夢だったのだろうか。いいや、そんなはずはない。 今、手で掴んでいるこの毛布は、仮眠室のものだ。ライカが仮眠室から連れ だしたに違いない。

「ライカ、どこに連れて行く気だ」
「シャーロ」

 オレは顔を手で覆う。この男はいったい何を考えているんだ。まったく、 わからないやつだ。はあ、と息をはく。
 ここで騒いでもどうにもならない。仕方ない、毛布にくるまって、また寝 るか。オレは毛布にくるまる。眠ろうと思い、目をつむる。毛布の毛が頬に 触れる。

「……伊集院」
「ん……」

 オレはうっすらと目を開ける。

「シャーロの雪が、キレイなんだ」
「そうか……」
「ああ。それで……炎山、お前に……。いや、炎山と一緒にそれを見たいと 思ってな」
「……そうか」

 眠ろうと思ったけれど、やめた。ライカが一生懸命、何かを伝えようとし ているから。目も、覚めてきたし、な。
 ライカはぽつりぽつり、話した。一つ話すと、しばらく黙りこむ。そして、 また話しだす。短い話を何度も繰り返した。落ち着いた声をしていた。その 声は心地よく、オレの耳に入り、カラダに染みわたった。
 今、ここにはオレとライカしかいない。上空の小さな小さな部屋。二人を 隔てるものはとくになく、お互いを隣りで感じあう。見るものはお互い前方 の空。ここでは穏やかに時間が流れているように感じられた。
 なぜだろう。ライカといると、すごく落ち着く。話していなくても、一緒 に居られるだけで嬉しい。なんでもない空の景色が違って見える。ライカが いるからだろうか。
 ライカの顔をちらりと見てみる。柔らかい表情をしている。いつもは固い 表情をしているというのに、リラックスしている。オレがいるからか。それ とも、オレ以外に誰もいないからか。いや、操縦しているからか。
 理由はわからない。だけれど、もし、オレがいるからならば、オレは嬉し い。仮にそうじゃないとしても、そんな顔を見られるのは、とても嬉しく思 う。
 ライカがちらりとこちらを見た。目があった。胸がどきりとした。ライカ は微笑み、「もう少しだから」と言った。オレは「もう少しなのか」と答え た。ライカは視線を戻す。
 さびしいと思った。もうすぐ、この不思議な時間がおわる。この不思議な 空間がおわる。この不思議な心の落ちつきが、おわってしまう。このまま、 このままで居たい。そう思った。そう思ったけれども、ライカは着陸の準備 をはじめた。
 オレは毛布をギュッと握った。ゴクリと息を飲み込み、深呼吸をする。

「……ライカ」

 名前を呼んだ。ライカは、こちらを向かなかった。

「なんだ、炎山」

 相変わらずの落ち着いた声。このときだけ、この声が歯痒く思えた。

「もう少し、空を……飛ばないか」

 ライカがこちらを見た。呆気にとられたような顔だった。そんなに、驚か れると、なんだか恥ずかしい。だが、その分嬉しく思えた。オレは、はみかみ ながら笑う。

「了解」

 ライカは嬉しそうに笑いながらそう言うと、着陸準備をやめた。
 二人、顔を見合わせ、声をだして笑いあった。


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