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楽しいから特等席からおろさないで
シャーロでは、雪が降っていた。外は暗かった。夜だからな。真っ暗闇の
中、白い雪が風と共に上空から落ちてくる。雪山は灰色に、木々は雪のコー
トを、地面は白い絨毯を敷かれていた。冬、だ。 しばらく、伊集院に会っていない。会いにくればいいのに、会いにこない。 いったいどうした。オレに会いたくないのか。連絡をくれたりはするが、な かなかシャーロまで来ない。シャーロの雪景色はこんなにキレイだというの に。一度、見に来ればいいのに。 窓にもたれ、外を眺める。静かだ。 ……白、か。伊集院の髪も、白だったな。伊集院の髪はサラサラしていた な。 伊集院炎山。久しぶりに、会いたいものだ。 エンターキーを押す。データが保存される。ひとまずこの仕事は片づいた。 ふう、と息を吐き、背伸びをする。目が痛い。からだ中が痛い。 「炎山さま、大丈夫ですか」 モニターにブルースが映る。
「少し、目が痛いな。しばらく休んでいいか、ブルース」
席を立ち、職場の者に休憩すると伝え、仮眠室に移る。仮眠室は、部屋の
隅にベッドが一つ、その横に小さな丸机が置いてあるだけの質素なつくりだ。
眠ることだけが目的だから、これで十分足りる。 ガチャリと音が鳴る。仮眠に入ったとはいえ、だいぶ疲れをおぼえていた 炎山は、その音に気づかなかった。そして、ドアが開き、人が入ってくるの にも気づかなかった。 「……寝てる」 ライカは炎山の側による。膝を曲げ、ベッドの上で腕を組み、炎山の寝顔 を眺める。ゆるんだくちもとから、弱々しい呼吸の音がきこえる。小さく動 く肩。だらんとチカラの抜けた手首。こんな無防備な状態を見ると、こちら も口元がゆるんでしまう。ほのかにライカは微笑み、炎山の頬に触れる。柔 らかい。 「……ん」
ゆっくりと炎山の瞼があがる。が、何度もおりる。開けようとするが、な
かなかあがらない。ライカはその様子に笑いそうになった。炎山の髪をぐし
ゃぐしゃにかきまわし、頬に手のひらをあててみる。炎山は眉間にシワを寄
せ、寝返りを打つ。ライカは笑いをこらえた。 「……お目覚めか、伊集院」
声のする方を向く。まだ夢の中かと思い、目をこする。もしかしたらキャ
ベツのお化けかもしれない。念には念いれ、何度もこすり、もう一度見た。
だが、キャベツのお化けは姿を変えることなく、その場にいる。
「ライカ、どこに連れて行く気だ」
オレは顔を手で覆う。この男はいったい何を考えているんだ。まったく、
わからないやつだ。はあ、と息をはく。
「……伊集院」 オレはうっすらと目を開ける。
「シャーロの雪が、キレイなんだ」
眠ろうと思ったけれど、やめた。ライカが一生懸命、何かを伝えようとし
ているから。目も、覚めてきたし、な。 「……ライカ」 名前を呼んだ。ライカは、こちらを向かなかった。 「なんだ、炎山」 相変わらずの落ち着いた声。このときだけ、この声が歯痒く思えた。 「もう少し、空を……飛ばないか」 ライカがこちらを見た。呆気にとられたような顔だった。そんなに、驚か れると、なんだか恥ずかしい。だが、その分嬉しく思えた。オレは、はみかみ ながら笑う。 「了解」
ライカは嬉しそうに笑いながらそう言うと、着陸準備をやめた。 |
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